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氷河が見たい、オーロラが見たい

北大名誉教授・若濱 五郎

氷河が見たい、オーロラが見たい

 

 私が生まれた1927年(昭2)は、かのリンドバーク大佐が大西洋無着陸横断飛行に成功して世界中が沸き立ったという。次は勿論、太平洋横断競争である。正月のスゴロク遊びにも、振り出しが羽田で、根室から北太平洋を北上、千島、アリューシャンを経てアラスカのノームに飛び、更に北極海、グリーンランド、大西洋を経てパリで上がりというのが流行った。 スゴロクの絵には、白熊、エスキモーの人々やイグルー、大氷河、その上には神秘的なオーロラが描かれている。それを長兄が見てきたような調子で説明するのに聞き入りながら、大人になったら何時か必ず見に行きたいと強く思ったものである。 それから30年余の1964年の夏、初めてアラスカの巨大な氷河を目の当りにしたときの感動は今も忘れられない。 次は冬のアラスカが、北極圏が見たい。

 

 私は若い頃からいつも「初めに見たいものありき」であった。「氷河が見たい」、「オーロラが見たい」、「南十字星が見たい」が先で、「そのためにはどんな研究をしたらよいか」が後に来る。大自然の光り輝く生の姿をこの目で見たいのが研究の原動力だからである。だから70年代初頭の、日米科学協力事業による研究費の申請時などには、氷河とオーロラを見たさに「アラスカの氷河調査は地球環境と気候変動の解明に役立つ」という理屈を搾り出し、研究プロジェクトを提案した。当時は今と違って、海外学術調査に行くこと自体が非常に難しい時代だったし、地球環境とか気候変動という言葉もまだ一般的でなかったので、研究費の審査員から「こんな大きなことを言って。本当はアラスカの山歩きに行きたいのではないのか」と言われてドキッとした。

 

 でも雪氷学の大先達の中谷宇吉郎先生は、我々若者の顔を見ると、「先ず自然を良く見よ」、「注意深く眺めると自然は必ず何かを教えてくれる」、「自然を見て感動しないような人は自然の研究は止めた方がいいですね」、「雪や氷の研究がメシより好きでないとダメですよ。でないと寒さが身に沁みるばかりですからね」といつも仰言っておられた。更に中谷先生は顔をキリッとされて「欧米の研究の真似や二番煎じは絶対にダメです。研究は世界最初のオリジナルでなくてはなりません。 外国の二番煎じなどしたら彼等からバカにされるだけです」と厳しく諭された。

 

 中谷先生の言葉に励まされて、前後7回に及ぶアラスカ・北極圏行きの間、メンデンホールをはじめ多数の「美しく青き氷河」、「広大なジュノー氷原」、「青や赤のオーロラの乱舞」、「夜光雲」、「北極海・ベーリング海の流氷」、「北極海を回遊する氷島T3」、そして、マッコール氷河上で「皆既日食」を見られたのは本当に幸せであった。 勿論、遊んでいたわけではない。この間、氷河地下水を発見したり、寒冷氷河上で上積氷の形成過程を明らかにしたりして、結果を国際シンポジウムで発表したのだが、それが縁になって、国際舞台(国際学会や国際委員会)に引っ張り出された。すると今度は全世界に親しい研究仲間ができ、色々な国や地の珍しい自然を見る機会が急増した。中国はウルムチに近い天山山脈の氷河、カザフ共和国のツユースク氷河、ノルウェーの氷河、スコットランドの周氷河地形などなどである。 「氷河が見たい」、「オーロラが見たい」から始まった人生は実り豊かに拡がったのである。 若者よ、 雪山が、流氷が、氷河が、南極が、そしてオーロラが君達を呼んでいる。

(北大名誉教授・若濱 五郎)

 

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