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ミクロ積雪学 事始め

北大名誉教授 若濱五郎

ミクロ積雪学 事始め

 北海道では冬になると、日本海側や山々は深い雪に覆われる。積雪の表面付近はフワフワの「新雪」であるが、深くなるにつれ雪は次第に硬さを増し、スコップで真四角に切り取れる「しまり雪」となる。雪が少なく寒さが厳しい地方では、積雪の深部に脆くて弱い「霜ざらめ雪」が発達する。山岳部の積雪内に霜ざらめ雪が形成されると、雪崩発生の原因となる。やがて春が来る。雪解けが進み雪が水を含むと、新雪もしまり雪も、大粒の「ざらめ雪」に変わる。

 このような色々な積雪の物理的性質を理解するには、雪内部の微細構造、例えば、雪粒同士がどのように繋がり合っているのか、一つの雪粒は何個の雪粒と連結しているのか、雪粒の形状、雪粒の「大きさ分布」などを知る必要がある。そのためには、厚さ0.3mmくらいの「薄片」試料を積雪から切り出し、そのミクロな構造を顕微鏡の下で調べればよい。でも雪を壊さないで薄片を作ることは大へん難しい。これは積雪研究の初期から世界の雪氷学者の夢であった。世界の雪の研究者が色々と試みたが、なかなか上手くいかなかった。

 昭和30年代の初頭(1955-60)、北大低温研では吉田順五教授の指導の下、積雪の力学的、電気的、光学的、音響学的性質など、積雪の物理的性質の総合研究が精力的に進められていた。得られた雪の性質を理解するには、雪内部のミクロな構造を知ることが必要不可欠である。ある日、吉田先生が木下誠一さん(後に教授)と私に「何とかして積雪の薄片を作れ」という。鬼と云われた吉田先生の命令である。 幸運にも短期間で薄片作成に成功し、どんな雪でも簡単に薄片が出来るようになった。ミクロ積雪学の幕開けである。

 これを使えば「積雪の圧密過程の研究が出来る」と、早速「薄片圧縮装置」を作り、しまり雪の薄片をゆっくり圧縮してみた。何回も失敗する内に、雪粒や雪粒同士の連結部が塑性・破壊変形しながら雪全体が圧密・氷化していく過程が顕微鏡の下で見られるようになった。実験結果を北海道支部の創設を機に札幌で開かれた雪氷学会全国大会で発表すると、たまたま議長だった中谷先生が特に発言され、「只今の若濱君の発表は積雪のミクロな変形に関する世界最初の研究です。この実験によって若濱君は積雪内部のミクロな変形を見た人類最初の人になったわけです」と大勢の聴衆の前で誉めて下さった。先生の誉め上手は有名だが、若い私にとって大きな励みとなった。 中谷先生は常々「欧米の真似事、二番煎じは絶対にするな。世界最初のオリジナルな研究をせよ」と我々に諭されたが、小さいながら、先生に報いることが出来て幸せであった。 

(北大名誉教授 若濱五郎)

 

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