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フィルドワ-クの勧め

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北海道工業大学・苫米地 司

フィルドワ-クの勧め

 昭和56年の豪雪(56豪雪)で,北海道,東北,北陸の各地で多くの建築物が倒壊した。これを契機に,建築物の設計用雪荷重に関する見直し作業が建築学会で進められることになった。コンクリ-トを研究テ-マとしていた私も昭和57年から,この作業に参加することになった。雪との関わりはスキ-や除雪位の私は,恩師の薦めで北海道から新潟までの屋根雪の観測旅行をすることになった。当時は,札幌から列車で函館へ,函館から青森までは連絡船,青森からは日本海周りの列車で新潟へという旅であった。途中下車をしては,市町村庁舎屋上の積雪断面観測,庁舎屋上からの写真観察を繰り返しながら,新潟県の十日町市が最終地点となる約10日間の旅であった。車窓からの景色は全てが物珍しく新鮮なものであった。車窓からの景色には,山形県酒田市辺りまで列車の走行に伴う「雪煙」が舞っていた。新潟県下に入ると,その「雪煙」は何処へ消えていた。その後,吹雪に関する実験に携わって,その理由が理解できた。十日町市の断面観測では「新潟の雪の重さ」,「始めて見る黄砂の層」など貴重な体験ができた。その後も毎年,屋外実験や屋外調査を続け,フィルドワ-ク歴が20年を越えてしまった。これらのフィルドワ-クで私自身が成長させられたように思う。最近,何かの原稿の中で雪深い新潟の様子が必要になり,当時の観察写真を開いてみると,なんと殆どが屋根雪の写真であった。当時は,屋根雪のことしか頭になかった自分自身を情けなくも思うが,これも若さと思い不謹慎ながら大雪を待ち望んでいるこの頃である。

北海道工業大学・苫米地 司

 

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