極地雪氷用語集

 以下に雑誌「雪氷」64巻4号433-442頁(2002年第4号)に掲載されている「極地雪氷用語解説」を転載します.これは,極地雪氷研究に関する用語のうち,会員にあまりなじみがないと思われる用語についてまとめたものです.


*極地雪氷特集編集委員会

古川晶雄(国立極地研究所)
藤田秀二(国立極地研究所)
亀田貴雄(北見工業大学)
藤井理行(国立極地研究所)
高橋修平(北見工業大学)


[参考文献]
日本雪氷学会, 1990: 雪氷辞典. 東京, 古今書院, 196pp.
雪氷化学分科会, 2000: 雪氷化学用語解説. 雪氷, 62, 287-290.
Glen, J. W., 1955: The creep of polycrystalline ice. Proc. Royal Soc. London, Ser. A, 228, 519-538.
Paterson, W.S.B., 1994: The Physics of Glaciers. Oxford, Elsevier Science Ltd, 480pp.
Raymond, C. F., 1983: Deformation in the vicinity of ice divides. J. Glaciol., 29, 357-373.



index

[あ行] [か行] [さ行] [た行] [な行] [は行] [ま行] [や行] [ら行] [研究計画・研究組織略語]




あ行


アイスレーダ(ice radar)

 氷河・氷床上で電波を下向きに発射してから岩盤から反射した電波が返ってくるまでの時間を測定することによって氷の厚さを推定する機器.また,氷床の内部には水平方向に広がる電波反射層が存在することが知られており,氷床内部からの反射要因の周波数依存性を用いて,氷床内部における酸性度の変化,結晶構造の変化の立体的分布を明らかにする研究も行われている.(古川晶雄)


ADEOS(Advanced Earth Observation Satellite)

 宇宙開発事業団の地球観測プラットホーム技術衛星.1996に1号機が打ち上げられ,2002年には後継機の環境観測技術衛星(ADEOS-II)の打ち上げが予定されている.このADEOS-IIにはマイクロ波放射計(AMSR)やグローバル・イメージャ(GLI)などのセンサーを搭載し,積雪,土壌水分,海氷分布,水蒸気,海面温度,クロロフィルなどの分布などを観測することが期待されている.(榎本浩之)


AMSR(Advanced Microwave Scanning Radiometer)

 環境観測技術衛星(ADEOS-II)に搭載される高性能マイクロ波放射計.地表及び大気から自然に放射される微弱なマイクロ波をマルチバンドで受信することにより,水蒸気量,降水量,海面水温,海上風,海氷などを昼夜の別なく,また雲の有無によらず観測を行うセンサ-.改良型のAMSR-EもNASAの衛星Aquaに搭載され2002年5月に打ち上げられている.従来マイクロ波放射計SMMR,SSM/Iによって行なわれた研究の高精度化が期待される.(榎本浩之)


ECM(固体電気伝導度測定)(Electrical Conductivity Measurement)

 氷床コア表面の固体直流電気伝導度を測定するために1980年代初頭にデンマークの氷床コア研究者により考案された測定手法.氷床コアが酸成分を主体とする不純物を含む場合に,直流電気伝導度が上昇する性質を利用したもの.計測にあたっては,一対の釘状の金属電極を用いて,300Vから2500Vの直流電圧を印加したうえで,氷表面の伝導電流を引っかくように計測する.含有する酸の濃度に対して,電流が応答することがわかっている.しかしながら,電流と含有不純物の定量的関係が,測定者や,測定システム,測定対象の氷床コアにより大きく異なることも指摘されている.したがって,ECMに関しては一貫した校正曲線はなく,信号の定量的利用は困難であると考えられている.電流は,印加電圧の2乗に比例する.ECMは簡便な直流回路で測定が可能であることから,氷床コア研究におけるコア中の不純物含有層検知の目的では過去20年にわたり広く使われてきた.(藤田秀二)


ウィスコンシン氷期(Wisconsin glacial period)

 北米における第四紀の最新氷期.過去11万年前から1万年まで続いた.最新氷河極大期(LGM:Last Glacial Maximum)は2.5-1.4万年前.亜間氷期の存在を推定させる氷河の縮小期が認められている(→ダンスガード・オシュガーサイクル).(飯塚芳徳)


ウルム氷期(ヴュルム氷期)(Wurm glacial period)

 アルプスにおける第四紀の4(ないし6)氷期のうちの最新氷期.約7万年から1万年前まで続いた.最新氷河極大期は約2万年前であるが,4氷期のうち最も小さかったと考えられている.(飯塚芳徳)


AC-ECM(AC-Electrical Conductivity Mesurement)

 氷床コア表面の固体電気伝導度を測定するために考案された測定手法の一つ.氷床コアが酸成分を主体とする不純物を含む場合に,表面アドミッタンスが上昇する性質を利用して,逆に表面アドミッタンスを求めることから含有不純物濃度や気候イベント層の検出をおこなう手法.計測にあたっては,表面アドミッタンスの実数部であるコンダクタンス,虚数部成分であるサセプタンスを,精密LCRメータを用いて計測する.実際の測定では,一対の同軸電極を用いて,-20℃以下の温度にした氷表面の複素アドミッタンスを1メガヘルツの周波数で掃引する.含有する酸の濃度に対して,コンダクタンスが直線的に応答することがわかっている.現時点では,氷コアがアンモニウムや塩素を含んだときにこのAC-ECM信号が応答するかどうかは明確にはわかっていない.また,この計測法によって得られる周波数分散の情報はまだ十分に活用されていない.AC-ECMと同様の目的をもった手法としては,ECM法やDEP法(誘電プロファイル法)が知られている.(藤田秀二)


AWS(自動気象観測装置)(automatic weather station)

 無人気象観測装置とも呼ぶ.自動で気温,風向・風速,雪温,積雪深などの気象・雪氷観測要素を計測し,記録あるいはデータ送信する装置.南極では観測結果をメモリーに記録するタイプと衛星経由で転送するものが使われている.昭和基地-ドームふじ間にも設置され観測が行なわれている.南極内陸部では-80℃までの低温耐性も求められている.電源として,リチウム電池や鉛蓄電池とソーラーバッテリーの組み合わせ,風力発電を補助に利用するものもある.(榎本浩之)


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か行


化学主成分(chemical component, またはchemical constituent)

 雪氷試料中では,おもにイオンクロマトグラフィーによって検出される海塩起源物質,人為起源物質,生物起源物質などのうち比較的多量に存在する成分を指す.その濃度や組成比は,過去の気候変動や大気環境変動を議論するための重要な指標して用いられる(→雪氷化学特集「海塩起源物質」,「人為起源物質」).どの成分を主成分とするかは,雪氷試料が採取された地域,また研究の目的によって異なる.(五十嵐 誠)


火星氷床(Martian ice cap)

 火星の北極と南極に存在する氷床のことで,大きさは地球のグリーンランドと同程度である.氷床の厚さは両極とも3000m程度であることが最近の観測により明らかとなった.現在では両氷床ともH2Oの氷で出来ているとする説が有力である.北極氷床は表面に半時計回りの渦巻き状の溝が存在するドーム状氷床であるのに対して,南極氷床は表面はデブリで覆われており複雑な地形をしている.(東 信彦)


カタバ風(katabatic wind)  →斜面下降風 完新世(Holocene)

 最終氷期終焉後,約1万年前から現在に至る地質時代最後の時代.後氷期(Postglacial)とも呼ばれる.完新世の始まり時期については,北半球では最終氷期から完新世への移行期での寒冷期(→ヤンガードライアス期)の終焉後の約1万1千年前とする考えがある.(藤井理行)


気象客観解析データの再解析データ

 気象数値モデルに観測データを取り込み現実の大気場を最もよく表すと考えられるデータが作成されているが,この数値予報モデルやデータ同化手法を同一にして,過去数十年にわたるデータを作り直したもの.長期の気候研究に利用されている.例えば,南極に関するデータも1957年から作成されたものなどが公開されている.(榎本浩之)


気泡(air bubbles)

 氷河や氷床に堆積した雪が圧密氷化過程や再凍結過程を経て,氷化する際に取り込む空気のこと.圧密氷化過程の場合は,雪の密度増加に伴い,網目状の複雑な形状から,単純な球形へと変化する.また,再凍結過程の場合では,凍結速度などの変化により線状や網目状,球形となる.特に,雪の圧密氷化過程で形成された気泡には,過去の大気が保存されているので,その成分分析は古気候復元,古環境復元にとって重要である.(亀田貴雄)


空気含有物(air inclusions)

 気泡やクラスレート・ハイドレートなど,氷の内部に含まれる含有空気に起因する物質の総称.(藤田秀二)


クラウディバンド(cloudy band)

 氷床コアを目視観察した際に,白濁して見える層位の総称.白濁を起こす原因としては,@未同定の光散乱体,A火山起源のダスト,B微小含有気泡がある.@については,過去にグリーンランド氷床や南極氷床から掘削された氷から多数見いだされてきた.特に,氷期に相当する深度の氷から多数発見されており,逆に,間氷期に相当する深度の氷からはほとんど見いだされていない.光散乱体の素性は,それが関係する気候イベントと併せ現在の氷床コア研究において研究の途上にある.なお,@の白濁層に関しては,氷が氷床内部にある時点では存在せず,氷床コアが掘削されてからはじめて出現する層位であるとの主張もある.(藤田秀二)


クラスレート・ハイドレート(clathrate hydrate)

 クラスレート・ハイドレートは,水分子が作る籠型構造(クラスレート構造)の中に気体分子(ゲスト分子)を取り込んだ独特な構造をもつ結晶であり,気体と水(氷)の共存状態において,ある圧力(解離圧)を超えると生成される水和物(ハイドレート)である.すなわち,構造名である'クラスレート'と物質名である'ハイドレート'をつないだ用語である.解離圧はゲスト分子の種類によって異なるが,空気の組成では,本号原稿「氷床コアの物理解析研究の現状と課題」中の図1に示すような曲線で与えられる.この解離圧曲線よりも高い圧力では,気泡は安定な状態としては存在し得ず,クラスレート・ハイドレートに変わるべきものである.ところが,実際の氷床では,この圧力を超えた後も,数百mにわたって気泡が存在する.年代にすると,気泡からハイドレートに遷移するのに,グリーンランドで数千年,南極で数万年という長い時間を必要とする.この長い遷移時間の原因は,核生成が律速であると考えられている.なお,氷床コア中に存在するクラスレート・ハイドレート結晶は,庄子仁らが1981年にグリーンランドのダイスリーコアではじめて発見し報告した.(藤田秀二)


クリープ(creep)

 一定応力あるいは一定荷重の下における塑性変形.変形のメカニズムが,転位の運動による場合を転位クリープ,原子(分子)の拡散による場合を拡散クリープという.(本堂武夫)


クローズオフ(close off)

 積雪中の空気が雪の圧密とともに孤立化し,気泡として氷に取り込まれる現象.雪の密度が約0.76g/cm3から0.83g/cm3程度で起こる.南極氷床の沿岸域では30-40m深,中流域では60-80m深,内陸域では90-110m深で起こる.極地の氷から抽出された空気の成分分析により,過去の大気成分が推定されるが,同一深度では大気年代は氷年代に比べ数10年から2000年程度新しくなることに留意する必要がある.(亀田貴雄)


更新世(Pleistocene)

 第四紀の始まりである約170万年前から約1万年前までの地質時代.洪積世,氷河時代ともよばれる.特に,10万年周期の氷期-間氷期サイクルが顕著に現れ始めた更新世後半の90-100万年以降を,氷河更新世(Glacial Pleistocene)と呼ぶ.(藤井理行)


光沢雪面(glazed surface)

 ガラスのように滑らかで硬い雪面.南極氷床では斜面下降風域の上流域で多く見られ,しばしば熱割れ目(気温変化によって生じる割れ目)をともなう.光沢雪面の表面の薄い層は密度が非常に大きく,その下層ではしもざらめ雪が発達していることが多い.この雪面は長期間,堆積が中断した結果形成されると考えられている.(雪氷辞典:成瀬廉二)

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さ行

SARインターフェロメトリ(SAR interferometry)

 SAR(合成開口レーダ)の測定原理.取得されたSARデータの伝播経路の差による位相の変化から生じるSAR画像上の干渉縞より,地表面の変化や標高などを計測する方法.同一地域を時間を変えて観測した場合は地表面の変化が,同一地域を異なる方向から観測した場合は標高が計測される.(榎本浩之)


サスツルギ(sastrugi)

 雪面に形成される模様のひとつであり,風上側に鋭い先端をもち,風向方向にそって長い筋状の形をした波状の模様.雪面が風によって削剥されて生じる.ただし,サスツルギが形成される地域は,年間に堆積する積雪量が大きい地域であることが多く,堆積しつつある積雪が部分的に削られて形成されると考えられる.雪粒子の堆積過程で生じる他の雪面模様としては,卓越風向に細長く伸び,鯨の背のように丸みを帯びた形のデューン,三日月型に堆積したバルハン,風向に直角な方向の波模様あるいはさざ波模様(リップル)などがある.風による削剥で生じる雪面模様としては,滑らかな雪面に穴が生じたピット型削剥面などがある.(高橋修平)


酸素(水素)同位体組成(oxygen (hydrogen) isotopic ratio)

 酸素(水素)同位体比ともいう.極域雪氷では安定同位体18O(D)と16O(H)の比がよく用いられている.一般的に地球表層の酸素(水素)同位体比は小さいので,次式のように標準海水の同位体比に対する試料と標準海水の同位体比の差の比として千分率偏差(‰)で表される.

δ18O(‰)={(H218O/H216O)試料/(H218O/H216O)標準海水 −1}×1000 (酸素同位対比の場合)

水の酸素(水素)同位体は相変化のときに分別するため,酸素(水素)同位体組成は相変化の指標として用いられる.極域における酸素(水素)同位体組成は気-固間分別係数が主に温度に依存するため,雪氷を構成している水分子が昇華凝結したときの気温の指標としてよく用いられる.(飯塚芳徳)


CO2氷(CO2 ice)

 CO2ガスが凝結してできた氷.ドライアイスのこと.火星の極冠はこれまでドライアイスでできていると考えられてきたが,現在では大部分はH2Oの氷と考えられている.(東 信彦)


CO2雪(CO2 snow)

 水蒸気(H2O)が大気中で凝結して出来る雪をH20雪と呼ぶことにすると,CO2ガスが大気中で凝結してできた雪をこう呼ぶことにする.これまでの観測結果から,火星の両極では冬にCO2が雪となって降り積もるか,表面に着霜することにより極冠の白い部分の面積が増すと考えられている.(東 信彦)


質量収支(mass balance/mass budget)

 一つの氷河(氷床)の全体や氷床の一流域あるいは氷河(氷床)上の一地点における質量の収入(涵養量:正)と支出(消耗量:負)の和.極地氷床の場合,収入は表面質量収支(降雪や昇華の結果としての表面での涵養量)としての積雪量である.支出としては昇華蒸発量,融解流出量があるが,氷床全体の支出の多くは,末端からの氷山流出等による氷流出で占められる.(高橋修平)


斜面下降風(katabatic wind)

 斜面を下る風の総称.一般には冷たい空気が斜面を下る風をいい,重力風,山風ともいう.極地氷床斜面に典型的なものが見られるが,氷河風,雪渓風も斜面下降風である.斜面上の接地大気が冷却されると同高度の自由大気より密度が大きくなり,斜面の傾斜方向に沿った下降運動が生じる.斜面下降風は,基本的に重力により斜面を下る成分と摩擦力がつりあって流れるものであるが,斜面の規模が大きいと地球の自転によるコリオリ力が働く.氷河風,雪渓風のように規模の小さい斜面下降風では,風は間欠的に変動して斜面方向の変化も大きい.南極氷床やグリーンランドのように規模の大きい斜面では継続時間が長く安定しており,コリオリ力により,北半球では風の吹く向きは最大傾斜方向から右へ,南半球では左へずれる.(高橋修平)


10万年周期問題(100 kyr problem)

 ミランコビッチ・サイクルのうち,地球公転軌道の離心率の変化は10万年周期を持ち,氷期サイクルの発現周期と一致する.しかし,離心率の変化に起因した日射量の変化では,氷期サイクルもの大規模な気候変動引き起こすほどの日射量の変動は生じないことが明らかになった.この10万年周期の謎は,地球のシステムに日射量の変動を増幅するフィードバック機構があることを意味している.このフィードバックメカニズムは,地球科学の大きな未解明な課題で,「10万年周期問題」あるいは「10万年周期の謎」と呼ばれている.(藤井理行)


積雪ピット観測(snow pit work)

 積雪に穴(ピット)を掘って,鉛直方向の断面を使って,層構造の観察や試料の採取を行うこと.南極氷床の表面では雪の堆積が一様に起こるとは限らず,積雪層の形成過程を詳細に知るためには,ある程度の広がりをもった積雪の断面を観察することが有用である.これまでの南極内陸調査において多数の地点で観測が行われ,積雪構造の地域性等が明らかにされている.(古川晶雄)


雪上車(snow vehicle)

 雪上を走行するために使用される自動車の総称で,クローラー(無限軌道)を装備した自動車.日本の南極観測隊では,1956年の第一次隊で初めてKC20型雪上車が導入された.1968年から1969年にかけて実施された極点旅行(昭和基地-南極点)では,KD60型大型雪上車が導入され,旅行を成功裏に導いた.1977年にはさらに大型化,耐寒性を高めたSM50型雪上車が導入され,内陸での調査旅行で使用された.その後も内陸の調査地域はさらに高緯度へ広がり,ドームふじでの深層掘削計画が立案され,それに伴って新たな大型雪上車の開発が進められた.ドーム計画期間中に昭和基地からドームふじ観測拠点までの物資輸送に使用されたSM100型大型雪上車は,耐寒性能-60℃,積載量2トンの木型橇7台を牽引することが可能である.(古川晶雄)


雪氷コア掘削(ice coringまたはice core drilling)

 柱状のコアサンプルを採取するコア掘削をいう.氷河や氷床のコア掘削では,掘削深度を目安に,深層掘削(1000m以深),中層掘削(300-1000m深),浅層掘削(数十-300m深),表層掘削(-数十m)に分類される.深層コア掘削は,掘削孔の収縮を防ぐため,氷と同じ密度の不凍液を充たして掘る液封掘削で行う必要がある.(古川晶雄)

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た行

堆積環境(depositional environment)

 積雪が氷床・氷河上に堆積するときの環境.積雪の構造は堆積環境によって左右され,その要素としては気温,日射,風速,昇華,堆積速度などがある.南極氷床において,ドームふじのような内陸地域では,風速が小さく気温の変化も大きいため,表面近くにはしもざらめ雪が発達する.斜面下降風が吹き出すような地域では地吹雪によって積雪が持ち去られる傾向にあり,昇華蒸発の効果も加わって積雪の堆積がほとんど行われず,光沢雪面と呼ばれる滑らかで硬い雪面が形成されることが多い.斜面下降風が強く,堆積速度の大きい地域では雪面が風向方向に波状に削られたサスツルギと呼ばれる模様が発達する.沿岸部に近い地域では夏期に日射の影響を受けて表面が融解し,積雪内部に融解層が見られ,沿岸末端部では融解によって裸氷が出現する地域もある.やまと山脈のように,地形的に風速が増し地吹雪による積雪再配分により積雪が持ち去られる地域では,広い裸氷原が出現し,そのような裸氷原地域では低いアルベードのために昇華蒸発速度が大きな値となる.(高橋修平)


ダスト(Dust, Insoluble microparticle)

 雪氷試料中の非水溶性微粒子で,主に土壌などの地殻起源の粘土鉱物を指す.発生源から大気の循環により氷河や氷床へ輸送される.そのほか,火山噴火に伴うケイ酸塩粒子や,森林火災あるいは化石燃料消費に伴う有機化合物もある.雪氷試料中のダストは,過去の陸域環境や火山活動の復元のために調べられる.(河野美香)


棚氷(ice shelf)

 氷床が海に張り出して浮いている部分をいう.棚氷は通常海岸に沿った方向に十分大きな広がりをもち,その先端部の水面上の高さが2-50mあるいはそれ以上に及ぶものをいう.先端部が垂直の壁となっている部分は浮氷壁と呼ぶ.棚氷の表面は平坦またはゆるい起伏を示す.部分的に海底に着いていることもある.先端部が欠けて流出し,氷山となることを氷山分離という.氷河が張り出して海に浮いている部分は氷河舌と呼ばれる.(雪氷辞典:小野延雄)


ダンスガード−オシュガー振動(Dansgaard - Oeschger cycle)

 グリーンランド氷床コアの酸素同位体比変動で見い出された氷期における数百年から数千年周期の気候変動.氷期における温暖な亜間氷期(interstadial)と寒冷な亜氷期(stadial)の顕著な気候変動サイクルで,D-Oサイクルとも呼ばれる.亜間氷期は,数十年間で数度の急激な温暖化と,その後500-2000年かけての緩やかな寒冷化で特徴付けられ,最終氷期には24のD-Oサイクルが知られている.D-Oサイクルは,北米ローレンタイド氷床から北大西洋への氷山の多量流出に起因した北大西洋深層水(NADW)の形成と暖流であるメキシコ湾流の北上という海洋循環変動に伴う気候変動と解釈される.D-Oサイクル現象は,グリーンランド氷床以外の雪氷コアや海底コアでも報告されている.(藤井理行)


DVI(Dust Veil Index)

 火山を起源とするケイ酸塩粒子や硫酸液滴(火山性エアロゾル)による気候への影響力を示す定量的尺度で,1970年代にイギリスの気候学者H.H. Lambによって提唱された.火山性エアロゾルによる直達日射量減少率や気温低下量,地球の被覆率などの関数であり,インドネシアのクラカタウ火山1883年噴火のDVIが1000となる係数が与えられている.(河野美香)


底面すべり(氷河の)(basal sliding (of glacier))

 氷河や氷床が基盤の上を滑る現象.氷河底部の氷が圧力融解点に達しているときに顕著であるが,氷が基盤に凍結しているときは起こらない.底面すべりの機構としては,大別すると,基盤の小さな凹凸周辺の氷の局所的な塑性変形よるものと,復氷によるものとが考えられている.凹凸のスケールがセンチメートルのオーダーより大きいときは前者の機構が,それより小さいときは後者の機構が卓越する.氷河底面を簡単なモデルで近似すると,底面すべり速度は底面ずり応力の(n+1)/2乗に比例する(ただしn≒3).さらに,底面に水膜が存在するときには,底面すべり速度が著しく大きくなることが,理論や観測で確かめられている.氷河流動速度の日変化,季節変化,年変化,サージなどは,底面すべり速度の変化に起因しているので,氷河底面の水膜の構造,厚さ,水圧などの状態が氷河動力学にとって近年非常に重要視されている.(雪氷辞典:成瀬廉二)


ティル(till)

 氷河によって運搬され堆積した乱雑な堆積物をさす.氷成であることがはっきりしない場合には,ダイアミクトンと呼ばれることもある.氷河の融解によって氷河表面にたまった氷河上ティルと,氷河底面にたまった氷河下ティルからなり,氷河が完全に融け去ると,前者は後者の上に堆積する.氷河上ティルは,主として周囲の岩壁から氷河上に落下した角ばった岩屑からなるアブレーションティルと,それが氷河表面で二次的に流氷の影響を受けたフローティルからなる.氷河下ティルは氷河底面と岩盤の間にあるため,擦痕礫を多く含み,粘土にも富んでいる.これをロジメントティルと呼ぶ.氷河中にとりこまれていた岩屑が氷河の融解によって堆積すると,メルトアウトティルになる.(雪氷辞典:小野有五)


トリチウム(tritium)

 質量数3の水素の放射性同位体(3HまたはT).三重水素ともいう.半減期12.33年でβ線を放出して壊変し3Heとなる.天然または環境中のトリチウム濃度はT/Hで表し,原子比が10-18に等しいとき1トリチウム単位(1TU)とする.宇宙線生成核種なので天然にも極めて微量存在し,通常雨水中の濃度は0.1-10TUである.世界各地で行われた核爆発実験により1950年代以降,1960年代始めにかけて大気中へ大量放出されたため,天然における3Hの分布や循環に大きな影響を与えた.このため南北両極域の氷河・氷床上に堆積した積雪層中では,しばしばトリチウムが高濃度存在する層が検出され,1950年代後半から1973年までの積雪層を同定し,それ以降の平均表面質量収支を推定する手がかりとして利用することができる.(→雪氷化学特集「トリチウム」)(五十嵐 誠)

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な行

内部反射層(internal reflection layer)

 アイスレーダーによる電波探査や物理探査の一方法である人工地震探査のときに,氷床・氷河の内部から信号が反射してくる層を内部反射層と呼ぶ.電波探査の場合,火山起源の酸性不純物,氷の密度変化,結晶主軸方位分布の不連続に伴う誘電率の鉛直方向の不連続変化に伴って反射が観測される.反射の原因は,氷床の温度や動力学的状態の物理条件によって異なるため,氷床の深度や地域により異なる.反射の原因を特定するためには複数の周波数の電波探査を実施することにより判別が可能である.人工地震探査の場合には密度変化等伴う伝搬速度の不連続変化に伴って反射が観測される.移動観測によって観測される水平的に連続的な内部反射層は同一時に堆積した層と考えられているが,結晶主軸方位分布の不連続に起因する内部反射については,等年代層との一致・不一致が研究途上にある.(高橋修平)


南極周極波動 (Antarctic Circumpolar Wave (ACW))

 南極の周囲を,海洋表面水温, 海面気圧, 南北風速,海氷縁の偏差が一周する現象.波数2の構造をもち,周期は8年.このため4年毎にある地域を偏差が通過する.各種データより時間・空間フィルターを用いて抽出される.1996年にWhite and Peterson が発見した.(榎本浩之)

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は行

ハインリッヒイベント(Heinrich events)

 ローレンタイド氷床から北大西洋への氷山群の流出による氷山付着岩石が北大西洋に広くまき散らされた事件のこと.事件後に急激な温暖化で始まることが,海底コアとの対比で明らかとなっている(→ダンスガード・オシュガー振動).ハインリッヒイベントが生じるメカニズムはまだ解明されていない.(飯塚芳徳)


非海塩性硫酸イオン(non-sea salt sulfate, nssSO42- )

 雪氷試料中の硫酸イオン(SO42-)のうち,海塩起源の硫酸イオンを除いたもので,次式で定義される. [SO42- ]nss = [SO42-]sample-[SO42-/Na+] seawater ・[Na+] sample  ここで,[SO42-]sampleおよび[Na+] sampleは試料の各イオン濃度,[SO42-/Na+] seawaterは海水の各イオン濃度比(重量濃度比で0.25,モル濃度比で0.12)をそれぞれ示す. [Na+]の代わりに[Cl-]を用いることもある.雪氷試料中の非海塩性硫酸イオンの主な起源は,海洋生物活動に伴う硫化ジメチル(→硫化ジメチル)であり,そのほか,火山活動や化石燃料消費に伴う二酸化硫黄などがある.海洋生物活動は夏に活発化することから,雪氷試料中の非海塩性硫酸イオン濃度は夏期に高く冬期に低いという季節周期を示すことがある.(河野美香)


氷期−間氷期(glacial - interglacial periods)

 極域を中心に中緯度地域まで氷床が発達した寒冷な時期を氷期,氷床が縮小した温暖な時期を間氷期と呼ぶ.極域氷床コアや海底コアの酸素(水素)同位体比から,約10万年を1サイクルとする氷期-間氷期サイクルが復元されている(→酸素(水素)同位体組成).氷期-間氷期サイクルの原因として,ミランコビッチが提唱した天文学的な要因(→ミランコビッチサイクル),とCO2フィードバック,アルベードフィードバックなどのフィードバック機構が注目されている.(飯塚芳徳)


氷山(iceberg)

 棚氷や氷河舌が欠けて海に流れ出したもので,水面上の高さが5m以上のものをいう.浮いていても座礁していてもよい.一般に棚氷が大きく割れたものは頂上が平らな卓状氷山となる.氷河舌の割れたものは不規則の形になることが多い.北極海の棚氷が割れた大きな卓上氷山には氷島の呼び名がある.アメリカ合衆国が氷流観測基地を作った氷島T-3はその代表例である.融けたり割れたりして小さくなった氷山は,高さが5m以下のものは氷山片,1m以下のものは氷岩と呼ばれる.(雪氷辞典:小野延雄)


氷床(ice sheet)

 広大な面積を厚い雪氷で覆っているものを氷床という.現在の地球上では南極大陸とグリーンランドに存在する.氷床には,岩盤の上に存在する氷床に加えて海水に浮かんだ棚氷を含めることもある.面積が約5万km2以下の岩盤の上にある氷床を氷冠と呼ぶ.南極氷床は地球上に存在する氷の堆積の約90%を占める.(雪氷辞典:西尾文彦)


表面質量収支(surface mass balance)

 氷河や氷床の表面における質量収支のこと.収入としては降雪量,昇華凝結量があり,支出としては昇華蒸発量,融解量がある.また地吹雪によって雪が移動することによる積雪再配分量は収入にも支出にもなり得る.(高橋修平)


氷流(ice stream)

 基盤地形などの影響によって,周囲より速く流動する氷床の流れ.その両端は一般に表面傾斜の方向が変わることから識別する.流域全体から氷が収束してくるので,クレバスなど荒れた様相を呈してくることが多い.南極氷床で最大の氷流はランバート氷河,最も流動の速い氷流は白瀬氷河で,年間約2.5km(流出口での値)にもなる.いずれも東南極氷床にある.(雪氷辞典:上田 豊)


pH(Potential of hydrogen)

 定義は,雪氷62巻3号の雪氷化学用語解説「pH」および「酸性降水」を参照.雪氷試料のpHは,主に酸性化寄与物質である硫酸イオンや硝酸イオンと,中和物質であるダスト(ケイ酸塩粒子;→ダスト)からのカルシウムイオンの溶存量で決まる.(河野美香)


ファブリクス(fabrics)

 主に氷の結晶主軸(C軸)の選択的な方位分布構造の総称.英文の文献では,ice fabrics やcrystal orientation fabrics として記述することが多い.通常の六方晶氷である氷Ih結晶は,C軸と,それに直交する等価な2つのA軸をもつ.これらの結晶軸方位は,多結晶が種々の応力・歪み状態におかれたときや再結晶を発生する際に,選択的に配向する.逆に,その選択的配向を調査することにより,多結晶の経てきた歪み履歴や再結晶の履歴を解明することができる.通常はC軸の方位分布を取り扱うケースが多く,この場合計測器具としてはリグスビーステージを使用する.再結晶や双晶を問題にする場合にはA軸の方位分布も併せて調査する場合もある.この場合には結晶軸方位の調査にX線回折を使用する.(藤田秀二)


フィルン(firn)

 本来「夏の間に融けきらないで,かつ氷化していないぬれ雪」(p.9, Paterson, 1994)を意味する用語だが,極地雪氷学においては,「堆積から1年以上経過し,降雪時の形態的特徴を失った氷化までの雪」を意味することが多い.通常,フィルンの密度範囲は,0.25〜0.83g/cm3程度である.なお、firnの語源は、「古い」(英語で言えばold)を意味する古高ドイツ語である.(亀田貴雄、照井日出喜)


フィルンエアサンプリング(firn air sampling)

 南極大陸やグリーンランドの氷床内陸部において,降雪はほぼ融解することなく堆積 し,50mから100m程度の深度において圧密により氷化する.フィルンエアサンプリングは,表面から氷化深度に至る通気性を持つフィルン層内の空気について主に微量気体成分濃度あるいは安定同位体比の測定用試料を採取するため,浅層コア掘削と同時に数mごとに行われる.浅層掘削ドリルにより目的の深度まで掘削した後,ブラッダーと呼ばれる上下両端を密封した長さ約3mの天然ゴム製の筒を掘削孔の底部まで挿入し,内部を空気で加圧してブラッダーを膨張させることにより掘削孔壁に密着させ,掘削孔底部を周辺空気と接しているブラッダーの上部空間から遮断する.次にブラッダーを貫通しているプラスチックチューブを通してフィルン空気をポンプで吸引する.吸引開始直後は,ドリルやブラッダーとともに降下した地表近辺の空気が混入しているため,これらの空気を十分に排気した後に,試料空気を採集する.(橋田 元)


平衡速度(balance velocity)

 氷河・氷床が平衡速度を保つために必要な流動速度.氷河・氷床上のある地点の平衡速度は,その地点の氷厚,およびその地点から上流の分氷界までの表面質量収支分布,歪速度分布などをもとに連続の条件から得られる.平衡速度は,実測の速度分布と比較して氷床の平衡性を論じたり,モデルによる数値実験を行う際しばしば用いられる.(雪氷辞典:成瀬廉二)


ポラリメトリ(polarmetry)

 SAR(合成開口レーダ)の測定原理.送信と受信の偏波(垂直V,水平H)を組み合わせて,HH,VV,HV,VHなどとして,衛星や航空機などのプラットホームから出したマイクロ波の反射に伴う位相の変化を利用して計測する方法.(榎本浩之)

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ま行

ミランコビッチ・サイクル(Milankovitch cycle)

 1930年代に,ユーゴの天文学・数学者ミリューシャン・ミランコビッチが唱えた氷期サイクルを含む数万年以上の周期の気候変動サイクルで,地球の運動の三要素,すなわち,軌道離心率(周期10万年,40万年),地軸の傾き(周期4.1万年),地軸の歳差運動(周期2.3万年,1.9万年)の変動に伴い地球が受ける太陽日射エネルギーの変化に起因した気候変動サイクルである.1960年代以降,氷床コアや海底コアの酸素同位体比などにミランコビッチ・サイクルに対応する周期性が見出され,長期の気候変動サイクルとして再評価されている.(藤井理行)


メタンスルホン酸(MSA)(methansulfonic acid)

 CH3SO3H.大気中で硫化ジメチル(DMS)がOHと反応し生成される.雲粒や水溶液滴エアロゾル内でOHと反応するとSO42-にまで酸化される.雪氷試料中にはCH3SO3-の形で存在し,その濃度変化は生物活動の指標として用いられる事が多い.(→硫化ジメチル(DMS))(五十嵐 誠)

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や行

ヤンガードライアス期(Younger Dryas time)

 最終氷期から完新世への移行期の約12000年前から約1000年間継続した寒冷期で,温暖なアレレード期に続きプレボレアル期に先行する寒冷期.最終氷期はヤンガードライアスの終焉をもって終わったとされている.新ドリアス期とも呼ばれるデンマークの花粉帯IIIに対応する.デンマークでは,この寒冷化に伴い再びチョウノスケ草(Dryasoctopetala)の植物遷移が起ったことに由来する.米国のブロッカーらの研究によれば,ヤンガードライアス・イベントは,次のようにして起った.最終氷期末期の急激な温暖化に伴う北米ローレンタイド氷床からの大量の融水は,氷床末端のアガシー湖(カナダ南部の現ウィニペグ湖周辺)に注いだ後,湖の東側の氷床の張り出しのため,ミシシッピー川を経てメキシコ湾に流入していた.氷床の後退に伴うアガシー湖東側の氷崖の崩壊により,アガシー湖からの多量の淡水は,セントローレンス川を通り北大西洋に流入し,海洋表層の低塩分化(低密度化)により深層水の形成を弱めるとともに,暖流であるメキシコ湾流の北上を弱めた結果,寒冷化が進行した.これがヤンガードライアス・イベントで,約1000年後にローレンタイド氷床が前進し再びアガシー湖をせき止め,融水が北大西洋に流入しなくなり終焉したと考えられている.(藤井理行)

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ら行

硫化ジメチル(DMS)(demethyl surfide)

 (CH3)2S.最も基本的なアルキルスルファイド.揮発性の硫黄化合物.海洋中の植物プランクトンによって生産される.海洋中での濃度は春に生物活動が活発になると増大し不活発になる秋から冬にかけて減少する.大気中でOHと反応するとメタンスルホン酸(MSA)になり,最終的にはSO42-にまで酸化される.雪氷試料中に含まれる非海塩性硫酸(non sea salt SO42-)(→非海塩性硫酸イオン)のうち生物起源のものの大半は,DMSから酸化されて生成されたものである.(→メタンスルホン酸(MSA))(五十嵐 誠)


流動則(氷の)(flow low (of ice))

 氷が塑性変形を起こしているとき,氷に働く応力と歪み速度の関係.氷の変形実験から流動則を求める場合には,定常クリープ過程の歪み速度または最小歪速度を用いる.氷河や氷床の流動を解析するときは,有効歪速度が有効ずり応力のn乗に比例するという一般化された式を使うことが多い.この場合,流動則のことを変形べき乗則ということもある.多結晶氷のnの値は,応力の大きさにより約1から約5まで変化するが,平均的にはn≒3として扱われることも多い.このべき乗則の係数は,温度,結晶主軸方位分布,結晶粒径,含有不純物の量などによって変化する.しかし,氷の構造と変形機構の詳しい関係には,未解明の問題も多く残されている.多結晶氷の変形のべき乗則は,Glen(1955)が初めて実験的に導いたのでグレンの法則と呼ばれることもある.(雪氷辞典:成瀬廉二)


レイモンドバンプ(Raymond Bump)

 氷帽の頂上部直下の基盤近くに,アイスレーダー等により観測される尖った形の内部層構造. このような構造は,氷厚が比較的小さく,積雪量が大きいときに現れる.氷の歪み速度εは応力σのn乗(氷の場合nは3前後)に比例することから,歪み速度の小さいドーム地形直下では,あたかも粘性係数が非常に大きい固いかたまりが存在するような動きを示し,そのため等年代層でもある内部層の構造が盛り上がるような形状を示すことになる.西南極氷床の氷流Cと氷流Dにはさまれたサイプルドームでは,この現象がはっきり見られる.この現象はRaymond(1983)により示唆されていたので,その後,このようなコブ状構造はRaymond Bumpと呼ばれるようになった.(高橋修平)

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研究計画・研究組織略語


BEDMAP

 南極氷床の氷厚と表面高度・基盤岩高度を収集して編集する国際プロジェクトの呼称.プロジェクトの概要は,英国南極局(British Antarctic Survey)が公開しているウェブサイトに詳しい.BEDMAPは,SCAR(Scientific Committee on Antarctic Research)に属するプロジェクト.米国のC.R. Bentley博士らが中心となり,南極の氷厚データの国際的編集の必要性とデータ散逸の危険性を強く指摘しておこした.プロジェクトでは,立案委員会を背景に,ESF(European Science Foundation)が出資し,ポスドク研究者を2年間雇用してデータ収集と編集作業に従事させた.プロジェクトの成果として完成した全南極の氷厚図は,インターネット上で公開され,研究者の利用に供されている.編集作業自体は,この担当者が執筆した査読済み論文として公開され,編集の質も評価可能になった.プロジェクトには日本も参加し,東南極内陸域で取得した貴重な氷厚データ群を拠出した.(藤田秀二)


CLIC

 WCRP(World Climate Research Program;世界気候研究計画)の副計画であるCliC (Climate and Cryosphere:気候と雪氷圏)の呼称.地球上には氷床,氷河,積雪,凍土,海氷など各種の雪氷が存在し,大気・陸域・海洋,場合によっては植生と相互作用を起こしながら気候システムの中での水・エネルギー・物質循環とリンクしながら重要な役割を果たしている.CLICの目的は,「これらがどう変化しているか,地球温暖化でどのように変化するか,大気・その他の自然系とどのような相互作用を起こしているか,雪氷を記載したモデルは揃っているか,どのようなモデルの開発が必要か,などの疑問に答えること」とされている.プロジェクトの詳細は,5月20日現在,http://www.acsys.npolar.no に紹介がなされている.日本学術会議WCRP専門委員会の中にACSYS/CliC小委員会が設置されている.(藤田秀二)


EGIG

 Expedition Glaciologique Internationale au Groenlandの略称.グリーンランド氷床のほぼ中央部,ヤコブスハブン(Jakobshavn)付近から氷床上を東西に横断する観測ルートを設置し,氷床高度や氷床の流動速度を実測した研究プログラム.現地での観測は1958年に行われ,その後1964年,1968年,1974年および1990-1992年に再測された.グリーンランド氷床の表面高度の変化や流動速度などのデータが得られた.観測された測線をEGIG line,得られたデータをEGIG profileということがある.(亀田貴雄)


GISP

 Greenland Ice Sheet Projectの略称.米国主導によるグリーンランド氷床研究計画.1970年代から1980年代初頭にかけて,Dye 3,Milcent,Creteで氷床コア掘削が実施された.Dye 3では岩盤まで達し,2037m長のコアが採取された.(古川晶雄)


GISP-2

 Greenland Ice Sheet Project 2の略称.米国によるグリーンランド氷床頂部(72.6°N,38.5°W,標高3200m)おける深層掘削計画.1993年に3053m長の氷床コアの採取に成功した.(古川晶雄)


GLOCHANT

 Global Change and the Antarctic(全球規模変動と南極)の略称.全球規模の気候変動における南極域の役割を明らかにするためにSCARが立案した国際研究計画.(古川晶雄)


GRIP

 Greenland Ice Core Project(グリーンランド氷床コア計画)の略称.ヨーロッパ諸国によるグリーンランド氷床頂部における深層掘削計画.1989年から1993年にかけて掘削が実施され,岩盤に達する3028m長のコアの採取に成功した.(古川晶雄)


IAHS

 International Association of Hydrological Sciences(国際水文科学会)の略称.水文科学(雪氷・地表水・地下水・浸食・水質・水資源システム・トレーサー・地表面過程)の各分野の研究を目的とする.(古川晶雄)


ICAPP

 Ice-core Circum-Arctic Paleoclimate Program(環北極雪氷コアによる環境復元研究計画)の略称.北極域内の多点における雪氷掘削コア解析と積雪観測を通して,北極域の地理条件・気候条件が異なる場所での気候・環境変動と雪氷圏変動を明らかにし,それらを比較することによって,北極域全域における気候・環境変動と雪氷圏変動のメカニズムを解明することを目的とした国際研究計画.(古川晶雄)


ICSI

 International Commission on Snow and Ice(国際雪氷委員会)の略称.水文学,気象学,海洋学,惑星科学と関連する雪氷現象を研究対象とするIAHS傘下の国際組織.(古川晶雄)


ICSU

 International Council of Scientific Unions(国際学術連合会議)の略称.国際的な共同研究計画を推進するための国際学術機関.1931年設立.(古川晶雄)


IGBP

 International Geosphere-Biosphere Programme(地球圏-生物圏国際協同研究計画)の略称.全地球を支配する物理・化学・生物的諸過程とその相互作用を明らかにすることによって地球環境の変化と人間活動の影響を解明することを目的とする研究計画.(古川晶雄)


IGY

 International Geophysical Year(国際地球観測年)の略称.1957年7月1日から58年12月31日まで世界67カ国が参加して行われた国際共同の地球物理現象観測事業.1882〜1883年および1932〜1933年に実施された国際極地観測年(International Polar Year)に続く,第3回国際極地観測年として立案された経緯がある.日本も1957年から昭和基地を設けて南極観測事業を開始した.(古川晶雄)


ISMASS

 The Ice Sheet Mass Balance and Sea Level Program (ISMASS)の呼称.これは,SCAR-GLOCHANTが設立したタスクグループ.目的を簡単に言えば,南極氷床の存在が海水準の変動に与えるインパクトについてひもとくために,国際的に調整された科学的アプローチを生み出す目的で1993年に設立された.タスクグループが合意している着目点は,現在の南極氷床の厚さ・規模・流速・グラウンディングラインをおさえることとしている.(藤田秀二)


ITASE

 International Trans-Antarctic Scientific Expedition(国際南極横断観測計画)の略称.SCAR-GLOCHANTによる国際共同研究計画.南極氷床上の広域多点で採取された浅層コアから過去の環境因子の変動の記録を得ることを目的としている.(古川晶雄)


IUGG

 International Union of Geodesy and Geophysics(国際測地学及び地球物理学連合)の略称.国際協力を通じて地球・惑星科学研究及びその国際的な発展の促進を目的とする国際学術団体.1919年設立.IUGG総会は4年に1回開催され,2003年IUGG総会が札幌で開催される.(古川晶雄)


NGRIP

 North Greenland Ice Core Project(北グリーンランド氷床コア計画)の略称.ヨーロッパ諸国,米国,日本によるグリーンランド北方における深層掘削計画.GRIPおよびGISP2において採取されたグリーンランド氷床コアでイーミアン間氷期の酸素同位体比に大きな相違が見られ,この相違が気候変化によるものか,基盤の影響によるものかを明らかにするためグリーンランド氷床の北方で新たに計画された深層コア掘削計画.1996年から掘削が行われ様々なトラブルに見舞われたが,2001年に深度3001mに達した.(古川晶雄)


PAGES

 Past Global Changesの略称.PAGESは,地球環境に関し地質的には最近の年代に焦点をあてて,人間活動が気候をどれだけ変動させうるかについて定量的な理解をもたらすことを目的としている. (藤田秀二)


PICE

 Palaeoenvironments from Ice Coresの略称.氷床の安定性と海水準を支配する北半球と南半球の気候変動の相互作用を解明することを目的とする.SCAR-GLOCHANTとIGBP-PAGESによる研究計画.(古川晶雄)


SCAR

 Scientific Committee on Antarctic Research(南極研究科学委員会)の略称.1958年設立されたICSU傘下の国際学術組織.南極で研究活動を行う全ての科学者のための現地調査活動を検討し南極条約加盟国間の科学研究の協力と共同作業を促進することを目的とする.(古川晶雄)


VELMAP

 米国国立雪氷データセンター(National Snow and Ice Data Center: 略称NSIDC)に所属する研究者が提唱している,全南極での氷床流動速度のデータ編纂プロジェクト.全南極の流動速度を一つのデータセットとして編纂しようとするものである.ただし,全南極をカバーする流速測定をいかに実施するかという点では,手法の明確化はされていない.(藤田秀二)

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